book_icon02.jpg 今月のテーマ書評 01/10/23

今月のテーマ

“しみじみ泣ける”

 
藤根れいじの選んだ3冊
 『センセイの鞄』 川上弘美
 『そこに愛がありますように』 渡辺眞子
 『きみにしか聞こえない〜CALLING YOU〜』 乙一
佐藤ゆかりの選んだ3冊
 『生』 柳美里
 『真剣師 小池重明』 団鬼六
 『ストリッパー物語』 つかこうへい
中嶋絵里の選んだ3冊
 『白い犬とワルツを』 テリー・ケイ
 『死んでいる』 ジム・クレイス
 『富士日記』』 武田百合子


なんだか元気の出ない世の中です。こんなとき、空元気、無理な強気は疲れます。しみじみ、しんみりと過ごす夜があってもいいのでは?
泣いてみましょう。

― 藤根れいじの選んだ3冊 ―

『センセイの鞄』 (川上弘美、平凡社、1400円

 短編の得手、川上弘美はファンタジーの世界から現実を見つめる。勘所のいい作家だ。その著者がさらに一歩、現実世界に近づいてきているのが本書である。

 本書は川上ファンならばお馴染みの短編集ではなく、短編集のような形式の長編小説である。とはいえいつもの短編集のようにも読めるし、それにあのほんわかとした世界観は健在だ。ただし、川上作品につきものの不思議な生き物は出てこないので、あしからず。
 しかし、そこが本書のいいところなのである。主人公は三十代後半のツキコさんと、ツキコさんの高校時代の恩師であるセンセイで、「歳は三十と少し離れている」二人の師弟のような恋愛のような、淡い感情を書き記すことが、本書の話なのである。そこによけいな生き物は不要だったのであろう。処女短編では、くま(たぶん動物)とのそういう関係を書いていたが、それが進んでこうなったというわけだ。だが、センセイは十分不思議な人物であるので、そこのところで満足してくださいという事なのかもしれない。

 そしてもう一ついいところを挙げると、それは本書が長編小説というところである。主人公のツキコさんは、川上作品の例に漏れず変わった人である。そのツキコさんがページを進めるごとに、センセイへの想いが募ってくるのである。そのいじらしいく、しかし、じれったい様は読んでいるあなたの心に、少しずつなにかを訴えるはずである。なぜ、徐々にこみ上げてくるのか?それは、一編一編の中に別れがあるからである。
 川上作品はよく、ほんわかとした恋愛が気持ちいい、と言われているが、実はいつもキチンと別れを書いているから気持ちいいのである。出会って別れる、今までの作品はこの繰り返しだった。しかし、本書は出会いを最初のみに押さえ、あとは長編の利を生かして、ツキコさんとセンセイの恋愛をじっくり書くことに成功しているのである。その例として、今までの川上作品にこのような強い文章があらわれていただろうか。「わたしは絶望する。絶望しながら、センセイの眠りから遠く離れた自分の眠りの中にひきずりこまれていく」

 そして、最後の話で別れが登場する。もし、あなたがこの作品を読み、ツキコさんの感情に共感を覚えるのなら、著者が最後の最後に取って置いた別れをどう感じるだろうか。ほんわかとした気持ちのいい思いと共に、あなたは、涙を流すことになるかもしれない。

『そこに愛がありますように』(渡辺眞子、WAVE出版、1300円)
 私の家ではずうっと犬を飼っていた。たしか通算で五、六頭だったはずである。その犬達は今では皆、鬼籍に入ってしまったが、その度に悲しい思いをしたのを覚えている。

 本書は犬達との悲しい別れを、筆者の体験からつづった実話である。喋れない犬に対してだからこそ、そこには嘘偽りのない、愛にあふれた物語がある。特に興味深いのは、精一杯看病して、つくしてつくしぬいた犬ではなく、仕事に夢中である日突然死んでしまった犬のほうに心を痛めている点である。やはりそのように死なれると、心残りなのだろうか。この本のどこに愛があるのか、それは読んだあなたにきめてほしい。

『きみにしか聞こえない〜CALLING YOU〜』(乙一、角川スニーカー文庫、476円)
 ジュブナイルだからといってナメてはいけない。最近、ジュブナイル出身の実力作家が増えているのである。この乙一(おついち、と読みます)は、その予備軍の一人である。そう私はにらんでいる。

 本書は三編の短編からなる、短編集である。最初に紹介した『センセイの鞄』とはまた違った、淡い感情の小説である。お奨めは、三編めの『華歌』であろう。列車事故が原因で病院に入院している主人公の陰鬱な語りで始まるこの話は、奇妙な生物に出会うことで軽やかになっていく。この本でも十分泣けるが、もっと腕を磨いてくれば、もっと泣かされることになるであろう、著者の一冊。お奨めする。
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― 佐藤ゆかりの選んだ3冊 ―

 今回のテーマは「しみじみ泣ける」。では、人間はどんな時にしみじみ泣いてしまうのか? 困難を乗り超える話に感動する人もいれば、哀しい話に涙する人もいる。
 つまり、泣けてしまう源はさまざま。そんなさまざまな"涙のもと"がつまっていうのが『生』(柳美里、小学館、1238円)だ。『生』は妊娠と子の父親である男の裏切り、元恋人であり恩師である東由多加氏との再会と彼のガン闘病、そして出産までを圧倒的な迫力で綴った『命』、出産後の育児と東氏とともにガンに立ち向かった『魂』に続く、柳美里氏の私記第3弾。末期ガンに冒された東氏との60日間に及ぶ闘病生活を中心に、育児や柳氏を襲ったレイプ未遂事件を、魂を削るような文筆で綴っている。
 愛するものが死に逝く悲しさ、子を思う母の姿、不運から立ち上がろうとする強さ。そして自分の身の上に起こるさまざまな衝撃・恥部までも書かざるを得ない作家の性に胸がつまる。だが、私が一番泣けたのは東氏の言葉だ。「あなた、おれが死んだら死ぬんでしょう?」。子供がいる柳氏に生きることを願いつつ、心のどこかで一緒に死んでくれることを望む。一人で逝く淋しさ・怖さ、ともに死んでくれるほどの絆を柳氏に確かめようとする東氏の思いに涙がツツーと流れた。

 東氏は最後まで希望を捨てなかった。その"生きようとする"力には頭が下がる。反対に死の恐怖に耐えられず、かといって生きることも選ばずに44歳で逝った男がいる。プロ棋士を次から次へとなぎ倒した"新宿の殺し屋"。そう呼ばれたほどの将棋の才能を持ちながら酒と女に溺れ、日の目を見ることなく肝硬変で短い生涯を閉じた『真剣師 小池重明』(団鬼六、幻冬舎アウトロー文庫、571円)の小池重明だ。
 はっきり言って、彼は性格破綻者。仕事は長続きしない。恋の相手はいつも人妻で、それも行き着くところまで行かないと気が済まないタチらしく、駆け落ちを繰り返す。寸借詐欺騒動を起こし、新聞沙汰にもなった。それでも並外れた将棋の才能と迷惑をかけられても憎みきれない天衣無縫の人間性に著者である団鬼六氏を始め、多くの人が彼を見捨てられない。それはきっと読者も同じだろう。才能をムダにするような堕落な性格が情けなく、だけど伝説の将棋ギャンブラーの死に大きな淋しさを感じるに違いない。

 「荒唐無稽な放浪人生」を地でいった小池重明が今も語り継がれるのは、彼にある種の男のロマンを感じる人が少なくないからだろう。では、女のロマンとは何か? フィクションではあるが、私は『ストリッパー物語』(つかこうへい、角川文庫、品切中)の明美さんに浪花節的ロマンを感じる。
 不倫・駆け落ちの末に結ばれたストリッパーの明美さんとヒモの重さんは、全国のストリップ劇場を渡り歩いている。これだけでも相当に切ないが、実は重さんには子供がいた。二人の前に現れたその子の夢(多分、子の夢を叶えてあげたい重さんの夢でもある)を叶えるため、明美さんが身体を売り始める。妻子と明美さんを抱えて前に進むことも後ろに戻ることもできない重さんが情けない。重さんを家族に返すことができず、身体を売ることでしか愛を表現できない明美さんが悲しい。そして互いを傷つけ、傷ついては許し、負い目を舐めあいながら絆を深めていく二人。
 秋の夜長、愛する人と落ちるところまで落ちていく、この珠玉の恋物語に酔いしれてはいかが? 深いため息とともに、互いを思う気持ちに心がジーンと熱くなるはず。そして、あなたも、大切な誰かさんがもっといとおしくなるに違いないから。
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― 中嶋絵里の選んだ3冊 ―

 今、最も売れている「しみじみ泣ける本」といえば、もちろん『白い犬とワルツを』(テリー・ケイ、新潮文庫、514円)だ。子ども・老人・動物が出てくるお話は一般に涙を誘いやすいが、老人と犬との交流を描いたこの本は、この2つをしっかり備えている。そして、主人公と奥方との死別から物語が始まっているとなれば、さらに強力。死に涙はつきものだからだ。

 同様に夫婦の死別から物語が始まる『死んでいる』(ジム・クレイス、白水社、2300円)は、けれど、少し死の趣が違う。決定的に異なる点は、のっけから夫婦2人とも死んでしまっていることだ。主人公は50代半ばの男女の腐乱死体。夫は全裸、妻は下半身のみ裸で、浜辺で仲良く並んで死んでいる。彼らが警察と彼らの一人娘に発見されるまでの6日間がこのお話だ。
 潮を含んだ浜風は、我らが主人公をどんどん腐らせていく。屍体にハエがたかりウジがわくという普通ならば不快なその現実も、浜辺の虫や鳥・カニたちと協和し、「食べ食べられ」という自然界の円環に溶け込んだとなると奇妙な感動となる。観念としての死ではなく、物理現象としての死。ジム・クレイスが描く死は残酷で美しい。
腐敗の進行と同時に物語もざぶんざぶんと時間を行きつ戻りつしながら、死因、裸である理由、浜で死んでいることの必然性、この夫婦の関係性、過去のロマンス、といった謎が徐々にほぐれていく。そして、彼らが大恋愛の果てに結婚したわけでもなく、ただ日々を重ねていただけの夫婦だと分かってくるにつれ、やるせなさばかりが募ってくる。つまらない2人のあっけない死は、きっと親しい一部の人の記憶に残るだけだろう。それが悲しい。
 正直、訳は少し読みづらいのだが、冒頭の「浜辺の男女の腐乱死体」という強烈な印象に謎解きミステリーの要素が加わって、読者を飽きさせない。主人公は、最後までぴくりとも動かない退屈な人たちなのだけれど。

 もう一組の夫婦の物語は、また違った死のかたちを教えてくれる。
 『富士日記(上・中・下)』(武田百合子、中公文庫、933円)は、文豪武田泰淳の奥方である百合子氏の日記だ。夫と娘と3人、富士の山荘での13年間がささやかに綴られている。天気、食事、買い物の記録、他の作家たちや富士の地元民との交流……まずは平凡な風景をおかしな角度からすぱっと切り取る百合子氏の変人ぶりに、ぜひ注目していただきたい。
 幸せな『富士日記』の幕切れは、やはり夫の死。しかし日記は彼の死の直前、昭和51年9月21日で終わっている。だから彼は病室でビールを飲んだまま永遠に死なない。死を最後まで綴らなかったところが武田百合子の愛だ。そしてもう一度日付を最初に戻すと、武田泰淳との日常がかけがえのない愛の時間として胸に迫ってくるのだ。その意味で、これは少なくとも2度読まねばならない本だ。
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文:藤根れいじ(ふじね れいじ)
いつもは東京堂神田本店を出ると、まっすぐお茶の水駅へ向かうのですが、その日はふと横の路地に入ってみました。細々とした家が綺麗になくなり、巨大な工事現場になっていました。なんでもマンションが建つそうです。昔からあるものが無くなるのは寂しいですね。
E-mail:fujine@sweet.ocn.ne.jp


文:佐藤ゆかり(さとう ゆかり)
フリーライター。
著作に「介護保険の手続き&サービスがわかる本」(かんき出版)などがある。
E-mail:yukari.sato@nifty.ne.jp


文:中嶋絵里(なかじま えり)
駆け出しライター。日々、悪戦苦闘してます。
最近『あしたのジョー』全12巻を読んで大感動。
泣きすぎて過呼吸気味になりました・・・。

E-mail:df4e-oosm@asahi-net.or.jp

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