bookicon ミステリー、大好き! 000101
coverimage ― 連作短編が紡ぐミステリーは、日常から確かに通じるどこかへの扉 ―

『象と耳鳴り』

 恩田陸 祥伝社 1700円
 とある地方で三年ごとに文化祭で行われる奇妙なゲーム。それは秘密裏に十数年間受け継がれ「サヨコ」と呼ばれるひとりの生徒によって行われる――「六番目の小夜子」(新潮社)で話題を呼んだ恩田陸が、いよいよ専業作家として本格的に活動を始め、このほど雑誌発表後未収録の作品がいくつかまとまった。その中の一冊がこの「象と耳鳴り」である。内容は連作短編。主人公はもと判事で、今は悠々自適に暮らしている関根多佳雄という人物。彼の人となりや、彼を取り巻く人々については本書でじっくり堪能していただくとして、不可思議で独特の色を持つ世界をぜひとも語らせてほしい。どうもこの著者は、人には見えぬモノが見えるらしい、と感じたのは『六番目の小夜子』を読んだとき。今回、この連作短編を読んで、さらにその思いを強くした。
 決して、オバケが見えるということではない。ただ、当たり前に暮らしている日常の、その中に潜む異質な何かを敏感に感じ取り、嗅ぎ分ける嗅覚を持っているというという印象があるのである。例えば、それは白昼のどこかの街角、ふいに曲がった路地のまったく人気のないその場所に、何故かざわめくものを覚えたことはないだろうか。どこまでも続く美しい花が咲き乱れる温室で、いるはずのない誰かの気配を感じたことはないだろうか。恩田陸の描く世界には、どことなく、いつしか忘れていたそんな空気を感じさせる。いや、くすぐられる、といった方が近しいか。
 収められた十二編の短編はいずれも、都市伝説や風習、癖といった、日常に追われ、気にも止めないようなものばかりが選ばれている印象を受けるのは気のせいではあるまい。おそらく読み進めていくその途中、読み手は、ある瞬間、どこまでも広がる海、突き抜けるような晴天の空に、沁みるような夕焼けや降るような星空に出逢うだろう。それはともすれば殺伐とした「今」を嘆く著者の声かもしれないし、忘れないで、という囁きかもしれない。どこにも風刺めいた言葉は見当たらないのに、ピリピリとどこかしらが痛む気がするのも不思議なことである。それを、許されるなら「憂い」と名付けてしまいたい。そう、たぶん、著者は少しばかり皮肉めいた目で世界を眺め、揶揄し、憂いているのである。そして、愛しているのだろう。食い止めることのできない何かと戦っているようにも見える。決して、武器を持ち、立ち向かうと言うことではなくて、嗅ぎ分けて見つけて記す。いや、伝える。残す。という形で戦っている……ような気がするのである。それらを目にした私たちは、漫然と暮らすその中に、摩耗した神経をわずかではあるが尖らせることを思い出させる。
 さまざまに綴られた十一編の「不思議」は、どこかすべてがつながっていて、そこには関わる人間の意志はもとより、さらに大きな「何か」に生かされているのかもしれないという、空恐ろしい疑問を投げかける十二編目の「魔術師」で収束する。そこには、計り知れない何かを抱え込む「世界」に対する畏怖とともに、挑戦めいたワクワクとしたときめきを感じるのは私だけだろうか。これは世界を探る物語であるのかもしれない。
 今回、あえて登場人物の人となりに触れるつもりがないことは最初にも書いたが、それは綴られた物語の相応しく登場する人々が、今さらながらの言葉で表せば実に「魅力的」なので、下手に説明するよりはぜひとも自身で彼らに出逢ってほしいと願ったからである。(まったくもって個人的な好みを言えば、私は関根春(しゅん)氏にベタ惚れだ)たぶん心がけてのことであろう、各作品に登場する古今東西のさまざまな小説にも興味を惹かれるが、さりげなく書かれた一杯のコーヒーや酒や料理の数々、チョコレートにキャラメルが実においしそうに感じることも記しておこう。装丁も含め、いろいろな意味で《愉しめる》一冊で、人に薦めて感想を共有したくなる本でもある。果たして、あなたはどんな感想を持ちますか?

【おまけのひとくち評】
 もう一冊の紹介は、やはり最近専業作家となり、めきめきと頭角を表している新進気鋭のホラー作家・倉阪鬼一郎の『迷宮』(講談社)である。ここ最近、発行されるホラー系アンソロジーのほとんどに名前を見つけることができる売れっ子著者が新本格ミステリの誉れも高い、講談社ノベルスから出す物語は、その名に相応しいホラーミステリとあいなった。こちらも読んでのお楽しみ。

文:大地洋子
 あなたのお宅の「Y2K」対策は進んでおりますか? なんつって。私はMACを使っているのですが、一体どうなることやら。トラブルが起こってほしいような、無事に過ぎてほしいような複雑な心境を抱える今日この頃。ある瞬間の時代を眺めることができることへの興奮だろうか。不謹慎かもしれないけれど。
 ポストペット→club@lucky.club.or.jp
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