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いったい親とは何なのか?……魂に沁みいる感動の大傑作!! 『永遠の仔(上・下)』 天童荒太著 幻冬舎 1800円(上)1900円(下) |
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「あの映画監督は“永遠の子供”だ」そんな表現をよく耳にする。“永遠の子供”と聞いて、あなたはどんなイメージを思い起こすだろう? 天真爛漫で、けがれを知らず、はてしない夢に満ちていて…… いや、ちょっと待ってほしい。子供って、本当にそうだっけ? 子供のときって、本当にそんないいことずくめだったっけ? だいいち、誰もが幸せな幼少期を過ごせるとはかぎらない。もし、あなたの子供時代が、恐怖と恥辱と苦痛にまみれたものだったら? どうあがいても、一生、その記憶から逃れられないとしたら? 天童荒太『永遠の仔(上・下)』は、暗い子供時代の記憶を背負って生きる、男女三人の物語だ。幼いころの秘められた過去と、十八年後の現在が、交互につづられていく。 幼いころ、三人は愛媛県の小児精神病棟に入れられていた。大人に対してかたくなに心を閉ざし、ときおり突然、問題行動を起こす。やれやれ、困った子だな。まぁ、もう少し成長すれば、自然に治るかも……。たぶん、まわりの大人たちはその程度に軽く考えている。ところが、じつをいえば三人は、うんと深いところに、目に見えない重傷を負っている。症状はそれぞれ違うけれど、根本的な原因は同じ。親から、こっぴどい児童虐待を受けた(あるいは、受け続けている)せいなのだ。 病棟では、ひとりひとりの子に、あだ名がついている。ある少年のあだ名は「ジラフ(=キリン)」だ。べつだん首が長いわけじゃない。なのに、どうしてキリン?……その理由は、下巻の前半、嵐の夜に明かされる。真相を知ったとき、あなたの胸には、いいようのない驚きと悲しみが刻み込まれることだろう。 やがて、小児病棟を退院する直前、親たちといっしょに山登りに出かけた三人は、ついにある計画を実行に移すのだが……。 さて、ストーリーのもう片方、十八年後の現在はというと、主人公の三人はすでに成長して別々の道を進み、看護婦、弁護士、警察官になっている。ここが、すごくいい。児童虐待の犠牲者だからといって、ひねくれて不良になり、悪の世界へ……などと安易に転落しなかった。心の傷をむしろバネにして、ほかの人々に奉仕する職業を選んだのだ。が、見えない糸に引き寄せられ、三人はふたたびめぐり逢ってしまう。すると、運命の歯車が回り出す。身辺で次々と事件が起きる。はたして連続事件の犯人は……? といっても、謎解きそのものは重要ではないし、そう面白くもない。素晴らしいのは、謎がほぐれる過程で、多くの社会問題がまざまざと浮き彫りになっていく点だ。とりわけ、「現代において、人の親であるとはどういうことなのか?」という問いが、強烈なほど読者に迫ってくる。文中には、いろんな親のかたちが織り込まれている。離婚する親。養子をもらう親。老いてボケていく親。親になるのを拒む親。そして……わが子を虐待する親。 かれこれ十数年前、スザンヌ・ヴェガの『ルカ』という、児童虐待をテーマにした歌がたいへんな話題を巻き起こした。さりげないメロディーゆえに、なおさら、虐待に苦しむ子供の思いが、聞く人の心に切々と伝わったからだ。『永遠の仔』にも似たような面があり、易しい言葉で淡々と書かれているからこそ、なおのこと、大きな重いテーマがくっきりと浮かび上がる。 本書はもちろんフィクションだ。しかし、作中に出てくる少年少女とまったく同じ目に遭っている子供が、いま、日本にいないと言い切れるだろうか?……なんとも即答できないところに、この作品の底知れぬ恐ろしさがある。 |
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| 文:中山宥 1964年生まれ。翻訳家。5月に、訳書『氷の帝国』が徳間文庫で発売されました。 |
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