bookicon ミステリー、大好き! 02/07/05
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― 語りのマジックが冴えわたる! 誘拐という名の変奏曲 ―


『人間動物園』

連城三紀彦(れんじょう・みきひこ) 双葉社 1700円
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 アンニョンハセヨ!
 日韓ワールドカップも終わりましたね。スポーツ観戦というのはまったく不思議なもので、ひいきの選手やチームが勝つと、見ているこっちまで大仕事をやり遂げたような錯覚に陥ってしまう。ふと冷静に考えれば、赤の他人に向かって「ガンバレ!」と応援しつつ、肝心の自分のほうはぜんぜん頑張らずにお茶の間でテレビを眺めているだけ、というかなりオマヌケな状態だ。しかし、じゃあスポーツ観戦なんて無意味かと問われたら、「うーん、よくわかんないけど、ストレス発散というかカタルシスというか、“心の大掃除”がらみの何かにとても役立ってる気がするんだよねえ」と答えるほかない。
 ミステリー小説を読むという行為にも、同じく、「無意味っぽいけどじつはすごく役立ってるかもねえ」的な心理効果が潜んでいるのではないか? とくにサスペンスの場合は、主人公といっしょになって極限状況にさらされ、やがて窮地を切り抜けたあと、えもいわれぬ達成感に全身を包まれることが多い(ほんとは何も達成してないけどね)。ふぅ、大きな任務をやり遂げた……そんな充実した気分にさえなる(本のページをめくってただけだけどね)。
 つい最近も、私はたいへんな大仕事を終えた(=非常に面白いサスペンスを読んだ)ので、ご紹介しよう。

 2月9日午後4時。埼玉県警に不可解な通報が入る。「隣りの家の女の子が誘拐
されたんです」
 なぜ当の家族ではなく、隣人が電話してきたのか? いたずらかもしれないな、と半信半疑で出向いた刑事ふたりは、被害者宅が抜き差しならない状況に置かれていることを知る。
 誘拐犯が、あらかじめ被害者宅に10個の盗聴器を仕掛けてあり、「もし警察に連絡したら、物音ですぐにわかる。子供の命はないぞ」と脅していたのだ。家の中にいる被害者の母親は、盗聴器の呪縛にがんじがらめにされ、ろくに身動きすらできない。彼女にとって、外部との連絡方法はただひとつ。浴室の窓から隣家へメモを投げ込むことだった。
 刑事たちは隣家に陣取って、息をひそめ、被害者宅に踏み込めないもどかしさに歯がみしながら対策を練る。身代金は1億円。メモによれば、あすの正午、犯人が受け渡し方法を通告してくるらしい。それまでに打つ手はあるのか?
 日が暮れてくる。おもてに雪が舞い始める。盗聴器に囲まれた母親の神経が、じわじわ限界に近づいてくる。

 冒頭、この作者にしてはずいぶん軽い感じで始まるので少々とまどうけれど、事件の緊迫度につれて雰囲気も文体も変化し、聴覚的&視覚的な要素が、もぅ憎たらしいほどにサスペンスを盛り上げる。また、被害者宅から隣家へ、隣家からまたほかの場所へと、巧みなスルーパスでくるくると場面が転換するさまは、「連城マジック」とでも名付けたいほどの見事さだ。
 さらに出色なのが、終盤の展開。身代金受け渡しへ向けて、「二転、三転」といった陳腐な言葉ではとうてい表わしきれない驚きの連続が、読者を待ちかまえている!
 数々の謎が氷解した瞬間――あなたは大きなため息をついて、ひと仕事終えた解放感にひたり、至福の時を迎えるだろう。

【おまけのひとくち評】
 上記の作品よりひと足早く2月に出た『白光』(朝日新聞社、1500円)も、連城三紀彦の華麗な魔術が光るミステリーだ。
 幼い少女がひとり、行方不明になる。あわてふためく人々のそばで、痴呆症の祖父がなにげなくつぶやく。「女の子なら、さっき、若い男がそこの木の下に埋めていたよ」掘り返してみると、そこには……。
 若い男とは誰か? 実在するのか? 複雑な男女関係のベールが1枚はがれるたび、新たな犯人の可能性が加わっていく。各章の終わりに必ず重大な展開があるため、読み始めたらもうやめられない徹夜本。

文:中山宥(なかやま・ゆう)
 さて来月は、傑作との呼び声が高いミネット・ウォルターズ『囁く谺』(創元推理文庫)を取りあげる予定……でしたが、ややや無念、当サイト「本のみみ」は当分の間、新規の更新をお休みするそうです。3年間ご愛読ありがとうございました。クロムトマンナヨ(いずれまた)!
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