| 990507 | ||
| 第2語 ほんのからだ(その2) |
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前回“背”について述べたが、背の内側、ページが綴じてある部分から本文までの余白部分を“のど”と呼ぶ。喉だ。 “背”や“みみ”が明らかに形態上の特徴を捉えて名付けられたことばだが、「のど」はちょっと違うように思える。「思える」というのはあいまいですね。実は少し語源も調べてみたが、わからなかったのだ。 たしかに、本を開いた状態で中央部分で細長く上下に伸びる余白は喉的だと言えば言えなくもないのだが、無理があるようにも思える“背”や“みみ”のような、ピッタリはまっている感じがしないのだ。 「喉を押さえる」という言葉があるように、喉は「大事な部分、急所」という意味も持つ。本ののどには、この含意があるのではないかという気もする。 本は、大量の紙がのど部分で束ねられている。万一ここを裂かれれば、ひとたまりもなくばらばらにされてしまう。まさに急所だ。わたしとしては、この「急所」説を支持したい。 まあ、わたしが支持したところで何の意味もないので、真相をご存じの方はお教え下さい。 ところで、急所を突かれ、ばらばらにされた紙片を集めて積んでも、もはやそれは「本」とは呼べない。本であったもの、とか本の残骸になってしまう。 では、「本」とは何か?定義風に書くなら、 “伝達したい意味内容を表した文字または絵図が印刷されている紙を綴じたもの” ということになるだろうか。 前回と今回見たように、本の各部には擬人化された名称が付けられている。このように擬人化されて語るに値する“からだ”を持っていること。手触りや重みや匂いを持つ“からだ”に、さらに“からだ”を持つ字が記されていること。これが本が本であることの重要な要素なのだ。 してみると、表紙につけられる帯を「腰巻き」と呼ぶのは、まったく言い得て妙だけど、これを外してしまうのには、ちょっと躊躇してしまう。 |
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文:椎原芳貴
B-plan 代表 E-Mail: shra@tkc.att.ne.jp |
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